« 戦争遺産バスツアー (2) | トップページ | ようやく・・・ »

2011年3月11日 (金)

戦争遺産バスツアー (完)

4243a
素堀の防空壕跡です。
兵員の待避のために崩落しにくい土質の場所に掘りました。
044a
弾薬庫。電撃用の魚形水雷・800キロ・500キロ・250キロ爆弾、対空用砲弾、機銃弾、燃料を貯蔵していました。
4647a
コンクリートの厚みが天井1mもあり1トン爆弾にも耐える構造になっています。全部で3ヵ所ありましたが、2ヵ所取り壊されました。
5052a
コンクリート製の待避壕。衛兵詰め所の兵隊と面会者用の空襲時の待避に使われていました。
057a
ここに航空隊の本部庁舎がありました。
見渡せる畑はかつて建物がたくさん建てられていました。
061a
手前が通信室跡。右手向こうにあるコンクリート壕が、発電機室です。いずれも当時は土で覆われていました。
062a
「火垂の墓」のロケが行われた道です。出征兵士を送るシーンで「出征兵士を送る歌」を唄いながら駅まで送っていく途中、田舎に向かうお兄ちゃんが妹の節子をリヤカーに乗せてすれ違う場面です。
068a
敵飛行機に対して射撃をおこなう対空用機関銃の銃座跡です。
今はコンクリート剥きだしですが、土で覆われていました。
069a
射撃した時にでる煙を外に逃がすための排気管です。
073a
この下には、
072a
地下防空壕があります。
今は倉庫で使っているのでハシゴが掛けてあります。
074a
この下に燃料庫がありました。かなりの残量があったはずが、終戦後のどさくさに盗まれ空っぽになっていたそうです。その人たちは今、お金持ちになっているとか・・・。

087a

095a

103a_2
平和祈念の碑。生きたくても生きられず、戦って死んでいった人のお陰で今日の平和があります。
099a
滑走路跡。日本で旧軍の滑走路として残っている唯一この滑走路のみです。ぜひ残して欲しいです。

Aono_3

今回見たのはごく一部で、この周辺に60の遺跡が残っているそうです。普段見学出来ない所が見られるせっかくの機会。丸々1日、戦争遺跡巡りに時間を費やして欲しかったのが本音です。

|

« 戦争遺産バスツアー (2) | トップページ | ようやく・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 戦争遺産バスツアー (2) | トップページ | ようやく・・・ »